
要潤さん(ジーニアス役)
ジーニアスはかなり人格が歪んだ人物。ドラマでは描かれていませんが、台本を読んで幼少期に優秀ともてはやされる一方、頭が切れるがゆえに心の傷を負ったり、家庭内に問題を抱えたりすることも多かったのではないか、という気がしたんです。その果てが現状で、第3話に武藤さんがジーニアスのことを指摘する言葉が出てきます。そのセリフに、『まさにその通り』と納得しました。
これまでも犯罪者の役を演じたことありますが、ジーニアスのように攻撃的である一方、自分の世界に籠っているところや、人の心理をネットを駆使して操る人物は初めて。非常に現代的な“悪”だと思いました。
劇中、ジーニアスが実際に接するのは弟だけ。武藤さんとの対決も対面しないで続くので、ジーニアスの人物像をどう作ればいいのか悩みました。対面する人物が基本弟のみなので、そこでどうジーニアスの狂気を表現しようか、と。監督からは“上から目線”との言葉をいただいたんです。弟に『人民なんてこうすればいい、こんなものだ』とストレートに強くぶつけていく。理論立てて語ってはいるものの、結局は独りよがりで間違った考えですけど(笑)。それがジーニアスの軌道を逸した感じになればいいのかな、と思って。
ジーニアスの行動は、自分を社会不適応者と下した者や、自分を拒んだ社会全体に対する怒りの表れではないでしょうか。それは結局、自分自身への苛立ちのような気がします。常にイライラしているのは、自分を社会が受け入れてくれないからなのかな、と演じて感じました。きっとジーニアスは社会と自分がどう関わっていけばいいのか、“落としどころ”が見つけられなかったのでしょうね。和解ができないままここまで来てしまった。彼の性格からして、何を言っても周りの人に理解されなかっただろし、意見も『それは違うでしょう』で片付けられることが多かったでしょう。そういう人生を送ると、ジーニアスのような過激な行動に出てしまう場合もあるのかも、と思いました。
ジーニアスのようにインターネットの世界でだけ強気になれたり、悪意を吐き出せたり。法律を破らないにしても、人を攻撃したい気持ちを抱くこともあると思います。でも、ネガティブな感情ってどこかで断ち切らないと。負のスパイラルは永遠に続くだけで、自分で意識してポジティブな方向に持っていくしかないんですよ。
『犯罪症候群』は誰が本当に正義で誰が悪なのか、何が正義で何が悪なのか、ということが描かれていて、これまでの刑事ドラマとは違った空気感のある作品ですね。誰もが黒幕っぽく見えるところもおもしろく、構成も見事。視聴者の皆さんには、ジーニアスのような人物からはシンプルですけど、『こういう感情を持ってはいけない』ということが伝われば幸いです。